たくさんの犬がうつ状態で苦しんでいるという話を耳にし、衝撃を受けた。

犬は我々にとって非常に身近な存在であるが故に、飼い主は愛犬のことをすべて分かったかのような錯覚に陥るかもしれない。人間同士でさえ全てを理解するのは難しいのに、会話をすることのできない犬とのコミュニケーションが大変なのは当然なのだ。

犬を初めとする動物に感情があることが公式に動物行動学の分野で扱われるようになってから20年。ペットが人間にとって重要なパートナーとなっている現代において、両者の関係を考え直すきっかけになるデバイスが誕生した。

犬と人間との理解を繋げるイヌパシーについて、CEOの山口譲二氏に開発秘話からこだわりまで話を伺った。
 

犬の表情からは分かりきらないことを判断する

———心拍変動解析で犬の気持ちがリアルタイムに分かるという世界で初めてのコンセプトで製品開発をされましたが、まずはどのようなきっかけでイヌパシーを作ろうと思ったのかをお聞かせください。

 

山口氏:あかねくん(山口氏の愛犬)が子犬の頃ストレスで怯えていたときに、何がストレスでそのストレスをどう緩和できるのかということを知りたいと感じたのが始まりでした。

その後既存の心拍計を使い試行錯誤をしている中で、ある犬に出会いました。

その犬は悪徳ブリーダーから助けられ、現在の飼い主さんと過ごして1年が経った状態でした。その犬に試作機をつけてみると緊張から高い心拍数が観測されたましたが、飼い主さんが優しく撫でるとみるみる心拍数が下がっていくのが確認できたのです。この瞬間、犬と人間の本当の絆というものを感じました。

これをきっかけにイヌパシーをもっと広めていきたいという思いになりました。犬たちは私達が見た目の様子から想像しているよりもずっと多くの感情を表している。感情をより深く読み取ってあげることで、もっと犬のことが理解できると思うんです。

 

———そのような思いが山口氏の中にあるのですね。今後イヌパシーをどのようにしていきたいのかを教えてください。

 

山口氏:その経験から犬の表情では分かり切らない部分を提供したいと思うようになりました。この2枚の写真からどちらが不安な表情か分かりますか。

———右でしょうか

 

山口氏:そうです。これは愛犬家の方であれば、感情を読み取れる範囲です。ではこの次の二枚はどうでしょう。

———わからないです。

 

山口氏:難しいですよね。こちらの写真を判断するのは犬を飼っているかたにとっても至難の技ですからね。この写真をそれぞれの心拍数と一緒にみるとわかってくると思います。

右の写真の方が心拍数が高く表されているので、より不安を感じている状態なのが分かりますね。

イヌパシーはリアルタイムで犬の心拍数を見れるいうことで、犬好きの人がもっと深く犬のことを知れるきっかけとなるんです。

 

イヌパシーは犬語翻訳機ではない

———その手伝いをするためのツールとしてイヌパシーが活躍するのですね。

 

山口氏:そうです。心拍の変化という事実を伝えるという役割だけで今まで見えなかったものが見えるようになることはとても大きな違いを生みます。イヌパシーは犬語翻訳機ではありません。犬と人々の関係性を豊かにしていくためのものとして捉えていただきたいです。最終的には飼い主自身が装置を使わずに犬の気持ちを判断できるようになるといった側面があってもいいと考えています。

 

———イヌパシーを使用したエピソードあればいくつか教えて頂けますか。

 

山口氏:そうですね、最近あった3つを紹介させて頂きますね。

一つ目のエピソードですが、生まれつきもの悲しげな表情の介助犬の利用者兼飼い主の方が犬の表情が原因で思い悩んでいました。というのも、友人たちから愛犬について犬も悲しい表情をしているから介助犬として働いているのが負担になっているのではないかと言われ心を痛めていたんですね。

それが偶然イベントでイヌパシーのブースを見つけてこれを試したところ、表情は悲しげであるが、撫でるとデバイスがレインボーに輝きその犬がハッピードッグであることが確認できました。表情からはわかりきらない情報をその方に伝えられたのは非常に嬉しいことでした。

他の犬の話だと、飼い主が名前を呼ぶだけで、イヌパシーが虹色に輝き出した、というのもありましたね。実は飼い主は家庭犬のトレーナーで、叱らない教育を徹底していたそうなんです。名前を呼びながら怒るという行為を一切していないというなかなか真似できないことを実際に行ったケースですが、イヌパシーによって犬と飼い主の理想的な関係性を確認できたそうです。このように素晴らしい関係性を確認するツールとしてイヌパシーを利用できるたこともいいことだと感じました。

また、うちのあかねの話ですと、地震が来た時に普段は声をかけてなだめていたのですが、イヌパシーを使用していた際に、声かけより撫でる方がよりリラックスしていたことがわかりました。

やはり見た目の様子だけではわからないことが多いということがわかった瞬間でした。

 

———素晴らしいですね。イヌパシーでは心拍の変化で犬の感情を捉えているとのことですが、どのようなメカニズムか教えてください。

 
山口氏:心拍数はもちろんですが、それだけではなく心拍のリズムに現れる微小な変化を検知することができます。このリズムを様々なパターン解析をすることで、嬉しい状態のリズムや集中している時のリズムを発見しました。同じ心拍数でもリズムが違うと、違った精神状態であることが分かったのです。

それを利用して、プレイモードという飼い主と愛犬との関係に合わせたオススメの遊びを提示することもできます。犬の専門家の知見を用いてこのプレイモードを開発しました。

さらには、クラウドを用いて蓄積した心拍データや感情データを用いて愛犬の健康管理に役立てることも可能になります。

 

———このような高度な技術はどのように作られたのですか。

 

山口氏:私はもともと大学院まで動物行動学を専攻していました。その後、12年間程度SEとしてキャリアを積みました。ですから動物への知識やソフトウェアの知識はある程度ありました。それらの知識を組み合わせることでこのイヌパシーが出来上がっています。

 

Just in time で学ぶ

 

———珍しい経歴ですね、驚きました。ハードウェアについての知識はあったのですか。

 

山口氏:いいえ、その時に必要なものを必要に応じて学んでいます。私はMIT media labのニール・ガーシェンフェルド氏が提唱したjust-in-time教育が好きです。従来のjust-in-case(万一に備えて)勉強するのではくjust-in-time(必要な時に)覚えていくという学習方法でハードウェアについて覚えました。ハードウェアに関わらずこの姿勢は重要ですね。

 

———日々苦労し、勉強を重ねていくなかでどのような気づきがありましたか。

 

山口氏:開発を通しては、犬を観察する機会がたくさんあったので犬のポテンシャルについての気づきが大きかったです。犬は人間の心を読むのがうまいということです。視覚、嗅覚が優れているからなのか、視線を読んだり、表情を認識するのが得意なことがわかりました。将来的には、そういった能力を駆使して人間の中の情報も見つけることができるようになるかもしれません。ガンや発作の察知能力が確認できれば人にとっても有益なことがたくさんありますね。

一方で、それに比べると人間は犬のことをわかっていないように思います。だからこそ犬の中で起こっていることをわかってあげたいと思っています。

 

———将来の展望を教えてください。

 

山口氏:将来的には同メカニズムで他の動物への展開もしたいですね。例えば猫などのペットはもちろん、他は家畜などの動物福祉の一環として。野生動物にフォーカスしたサービスなどもやってみたいと思っています。野生動物に向けた何かを行うことで、少しでも絶滅などの問題に焦点が向くようにしたいです。

将来的なヴィジョンとして、エネルギー問題や食料問題が解決した時に人間と他の動物が共存している世界にしたいです。