世間一般に「ヒットの裏側」として知られる情報は、どうしてもテレビ番組の再現VTRのようにドラマ性を軸とした脚色が施されてしまうもの。

しかし、まさにこれから世の中にヒットを届けようとするスタートアップ企業が手本として共有すべき情報は、先輩企業がどんな具体的な課題に直面し、それをどう切り抜けたかという、より現実に即したエピソードであったりもする。

そんな中、SPERO編集部からのインタビューに親身になって答えてくださったアトモフ社は、様々な等身大のエピソードを共有してくれた。
アトモフCEOの姜京日(かん きょうひ)さんに、アトモフウィンドウの開発にこめた意匠から、ハードウェアスタートアップ企業を待ち構える数々のハードルにいたるまで、先輩企業としての声を聞いた。

 

室内の「息苦しさ」を解消したい

——姜さんが4Kのインターフェースを用いたデジタルウィンドウという形で、室内に風景を持ち込むという着想に至ったのはいつ頃からでしょうか。

姜:10年前にロサンゼルスに留学していたのですが、日々の勉強で気持ちが沈んでいた時期がありました。ある日、丁度ストレスを感じていた時に、窓を見ると隣のビルしか見えないということに気が付いたんですね。それがストレスの大きい原因になっているのでないかと思いまして、窓と風景で何か出来ないかと思ったのがデジタルウィンドウの構想を始めたきっかけです。

とは言っても、その時はIoTインテリアとしてそれを実現しようと思ったわけではなく、VR的なものなのか、はたまたテレビなのか、パソコンのスクリーンをビーチにすれば良いのか、いろいろ実験していました。そこから10年が経ち、パネルがより薄く、安価で製造できるようになったり、4Kが登場するという技術的な進歩を受けて、現在の形にたどり着きました。

—— 室内のストレスを室内で解消するという、素晴らしいアイデアだと思います。アトモフウィンドウによって、ストレス解消以外にも「こんな気持ちを動かしたい」というような思いはありますか?

姜: 一番は、「いつかはあそこに行きたい」という気持ちを後押ししたいと考えています。デジタルの情報を通じて閉塞感を解決するのが我々のプロダクトですが、実際に現地に行くことで空気感や文化を肌で感じて、その後にデジタル窓を見るとまた違った経験になりますし、インテリアとしての軸はぶらさずに、その場所についての情報も表示できるようしたいに考えています。

—— まさに、旅先の光景をのぞく「窓」というプロダクトになるのですね。

姜: そう言っていただけると嬉しいです。フォトフレームやテレビなどの画面はどうしても壁から離れているため、ユーザーはどうしても「フォトフレーム」や「スクリーン」という一つのモノを見るという意識で景色を眺めることになります。そうではなくて、ユーザーの脳に「これは窓だ」と認識してもらえるように、壁と密着させて、より開放感を感じてもらえるようこだわりました。

 

門前払い、中国との提携……製造過程におけるハードル

—— 前職ではあの任天堂でハードウェアとWebのUI改善を行っていた姜さんですが、ハードウェアスタートアップとして独立したことは、ご自身にとってどんな新しい挑戦になったのでしょうか。

姜: 僕自身としては、そもそもハードウェアの製造に関わること自体が未経験だったので、それ自体が大きな挑戦でしたね。僕だけでなく、創立メンバーであるナカノもソフトウェアやサーバー・エンジニアとしての経験しかない状態でした。とは言っても、僕が昔ロボット工学を学んでいたこともあり、初歩的な電気や電子回路の知識を用いて最初のデジタル窓のプロトタイプ作るまでは自力でこぎつけることが出来ました。
創業した2010年末から半年ほど、その試作を元にいくつものメーカーや工場を回って、製造にまつわるノウハウを掴んでいったのですが、経験したことないものを作るので、工場に行っても門前払いされることが多かったです。断られることが多いなかで、関西圏で探していきました。

—— 工場探しにはどのような基準を設けていましたか?

姜: 最初はインターネットで調べて、1手に引き受けて提携してくれそうな製造業者さんを探していたのですが、あまりない状態でした。なので、それぞれの部品毎に工場を探したり設計業者を探すように切り替えましたね。

—— 部品毎に探す時は、姜さんが作られたプロトタイプを元にして、「この部品をお願いします」ということで発注していたのですか。

姜: 細かい部品というよりは、元の構成要素がシンプルなもので、液晶パネルとプラスチックの窓枠部分を設計、製造する業者を必要としていました。さらに、その中に入れるコンピューター基盤の開発業者を見つける必要もありましたね。

—— 門前払いの連続だったというのは、技術的な問題がネックだったのでしょうか。

姜: 一つは、コストの面です。高さ64センチくらいの大きい商品に対してそのままの金型を作るような理想的な方法ですと、金型を作るだけで1000万円が必要と言われて、創業当時はそのような資金がありませんでした。
最終的に辿り着いた奈良県の設計会社では、パーツを分割して製造することで、コストを抑えて金型費用も抑えられるのではないかという結論に至りました。

—— そのような具体的な金型の知識は、コストを抑えながらより効率的に量産するためのノウハウを模索していく過程で身に付いたのでしょうか。

姜: おっしゃる通りで、まさに今も量産にむけて調整している段階なのですが、常に勉強という状態です。最初はどの見積もりが正しいのか、どの業者がもっとも良く仕上げてくれるのかもわからない状態で、半分賭けのような具合でした。
たとえば、プラスチック製の窓枠部分は金型の費用を抑えるために中国で製造しています。感覚の違いもあるかと思いますが、こちらが求めている基準をクリアしていないものが多くありました。その課題に関しては、実際に中国に訪れたり、サンプルを送ってもらったりなどの確認を増やしています。

—— 中国に訪問して現地の工場とやりとりはスケジュール的にも苦労する点だと思いますが、その中でも一番苦労されたことはなんでしたか?

姜: 基盤の設計会社とフレームの設計会社が違うので、その連携に苦労することがありましたね。たとえば基盤が筐体に合わないという場合に、改善したくても僕の知識とノウハウの欠如が制限になってしまいました。
ただ、その経験を通じて「金型を作るって、こんな感じなんだな」と学ぶことができたので、次回やるときにはもっと楽になるとは思います。3人で起業したということもあり、プロジェクトマネージャーの役割は自分がやっていましたが、QCDについて全面的に相談できる外部アドバイザーのような存在がいたらもっと楽だったろうと思います。
なので、2社をハンドリングするアドバイザー、プロダクトマネージャーがいれば、事前に問題を予測しコスト面でも対策することが出来たのではないかと思います。

 

クラウドファンディングの反響、海外からのニーズ

—— そういった製造面での困難以外にも、大変だったことを一つあげるとするなら何でしょうか?

姜: Kickstarterで先行予約を開始するために、初めてプロダクトを見た人が欲しいと思ってもらえるようなプロモーションビデオとページコンテンツを作ることが難しかったです。プロトタイプはできているが、それをどのように見せれば良いのかが分からない、という事態ですね。また、海外のクラウドファンディングサイトということもあり、英語で作らなければならないということで準備に2~3か月かかりました。

—— 実際にKickstarterでのプロジェクトローンチをされたのが2015年の5月。その年の12月には日経トレンディの「2016年ヒット予測100」で15位に掲載されるなど大きな反響を得ていますよね。そこまでの道のりは、どのようなものでしたか?コンテンツに手間ひまかけた分、反響は大きかったですか?

姜: ありがたいことに、Kickstarterを始めて、目標額として掲げていた10万ドルの調達が出来そうかというタイミングで、TechCrunchさんに記事で取り上げてもらった影響が大きかったです。そのあとにMakuakeで日本のクラウドファンディングも9月あたりに開始していて、結果680万円くらい調達出来ました。Kickstarterで最終的に2000万円を調達したので、合わせて2640万円です。
Makuakeが国内のクラウドファンディングということで、様々なメディアの方からアプローチがあったのが良い宣伝にもなりました。そのような流れの中で、日経新聞に取り上げられて日経トレンディにも掲載していただけたのだと思っています。

—— Kickstarterを購買層との最初のタッチポイントをする上で、「素敵!」と思わせるようなイメージとコンテンツを用意するのが重要ということですね。出資の半分は海外から募ったという情報もありますが、その点についてはどう振り返っていますか?

姜: まさに今おっしゃったような海外からのニーズという点がKickstarterを利用した大きな成果の部分で、先進国の都市部に住んでいる人は風景が悪かったり、景色に飽きていたり、ストレスを感じていたりと、デジタルウィンドウのコンセプトには一つの文化を超えた共通のニーズがあるのだとわかりました。
我々のプロダクトは、IoTでありながらインテリアでもあるので、そういったクールな側面がアメリカやヨーロッパの都市部に住んでいる人にとって受け入れやすかったのではないかと感じています。

—— 確かに、インテリアやテクノロジーにまつわる感度が高い層には、国境を超えた訴求力を持つプロダクトですね。デジタルウィンドウというプロダクトをめぐって、海外と日本でのニーズの違いはありましたか?

姜: ありましたね。9割くらいが個人のお客様なのですが、そもそも住環境が違うということがニーズの違いの背景にあります。例えば、ニューヨークの場合は、天井が高く壁も広いので、相対的にデジタルウィンドウのサイズを小さく感じ、もっと大きな窓が欲しいという要望を多くいただきます。逆にヨーロッパの家は比較的こぢんまりとしているため、大きさは今のままで良いが、複数の窓があった方が良いなどというニーズの違いがありました。

—— コンテンツに関してはどうでしょうか?自然の風景だけではなくて、デジタルウィンドウから夜景や都市部の光景とも繋がれるというように伺いましたが。

姜: 最初は、「都市部の建物が集中している環境で自然の光景を見たい」という、自分自身が感じたことを発端にコンセプトを推し進めていました。ですが、自然が豊かな環境に住んでいる人のなかには、「すでに自然風景は見飽きているので、逆に都市部の景色が見たい」という声もありました。


—— 受注を集めたエリアが広い分、新たなコンテンツも用意しなければならないということで、素材の拡充もしているのでしょうか?

姜: 生の動画素材は300本くらい溜まってきています。提携しているカメラマンが世界に5人くらいいるので、その人たちが撮影したものをアトモフが独自で購入して管理しています。
5人で全世界を撮影するのは難しいですが、先日は、日本のカメラマンがパタゴニアに撮影に行きました。基本的には、一番近いところにいるカメラマンが出張していますが、まだまだニーズに応えきれていない部分が多くあるので、これから拡充していきたいと考えています。

 

ハードウェア企業をめぐる動向について

 

—— 自らの足を使って工場を巡ったり、クラウドファンディングを駆使して世界的なニーズを見定めたりと、不足している情報の収集に精力的な姜さんですが、他にもご自身でハードウェアスタートアップの情報交換の場に参加したり、メディアを注視して情報を追うなどということはされていますか?

姜: ハードウェアやIoTの企業は世界的にみても増えているので、いろんなチャンネルで追っています。例えば、京都のメーカーズブートキャンプというハードウェアスタートアップのベンチャー企業を加速させるプログラムがあって、半年間くらい参加していました。メーカーズブートキャンプでは、6~8社くらいの同じような課題に直面している企業と情報共有をしていました。

—— これからも、ハードウェアスタートアップ界隈で情報共有の場が広がって欲しいと思いますか?

姜: そうですね。ハードウェアスタートアップで共通している課題について相談することが出来ますし、プロダクトが違った場合でも、新しいプロダクトの製造方法のアイディアや様々なノウハウを共有することも出来るので、多くのハードウェアスタートアップと繋がることはとても重要だと考えます。

—— 最後に、スタートアップ企業の母数が増えている中で、これから挑戦を開始する企業に向けて何かアドバイスはありますか?

姜: ドラマチックではないですが、ものづくりは想像していたよりもお金がかかります。なので、「プロダクトを製造する際には問題が絶対に起こるので、資金は多めに確保すること」という点だけでも念を押してお伝えしたいです。クラウドファンディングなどで多少の調達は出来たとしても、次のステップに進めたいという時に資金不足から踏み込みにくいということが必ず起こるので、プロダクトの大小に関わらず、1億円くらいあった方が良いかと思います。

—— まさに、ハードウェアスタートアップの教科書に載せたいようなアドバイスです。本日はありがとうござました!