ハードウェアスタートアップにおいてプロダクトアイディアは突拍子もないところから生まれる。
「21世紀の壁紙アート」の先駆者となるであろう、スプレープリンターはまさに、無邪気な娘の一言から始まった。

スプレープリンターは、我々が毎日囲まれている無機質な「壁」を、手軽にデザインしお気に入りの空間にする。そこから人々の生活環境を根本から変革することを青写真として描いているスタートアップだ。
ユーザーがすることはたった3つ。好きな写真やアートを自分のスマートフォンから選択し、スプレー缶をスプレープリンター本体に装着。あとは描きたい壁に沿って手を動かすだけで、お気に入りの画像がそのまま壁紙となるのだ。止めたいところで手を休めることも、また、オリジナルを加えるためにスプレーの色を付け替えることも可能。本体にはアプリケーションと連動したセンサーが付いており、はみ出したり間違えることもないのだ。
そのスプレープリンターの製品開発秘話とユニークな6名のチームを取材した。

プロトタイプ第1号は車のガソリン噴射機と任天堂Wii

−− スプレープリンターを最初に拝見した時、壁に直接絵を描くという大胆さと、スマートフォンと連動し、好きな絵が選べるユニークさに驚いたのですが、どのようにアイディアが浮かんだのですか?

技術担当ヘンリー・パトジッグ(以下、ヘンリー):
スプレープリンターは、元々co-founderのリチャード・モルターとマイケル・ジョアラが始めた試作品開発会社「Prototaip」から始まりました。ことの発端は、マイケルの娘さんが、マイケルに「壁にユニコーンの絵を描いて欲しい」と頼んだことです。マイケルは自分自身が上手く絵を描けないことから、代わりにユニコーンを描いてくれるメカを開発することになったのです。

元々マイケルは「Prototaip」のプロ開発者なので、試作品作りはお手の物です。彼は車のガソリン噴射機とニンテンドーwiiのコンソール(操作機)を組み合わせて、壁にかざすだけで自動でスプレーを噴射、ユニコーンを描いてくれるスプレープリンターが生まれました。そうしていくうちに、リチャードとマイケルは、このプロダクトは自身の会社「Prototaip」よりもずっと魅力的で、ビジネスになると思い、製品開発に本腰を入れました。その後、プロトロン(prototron)という試作品コンテストでも優勝し、Builditというアクセラレーターにも参加できたことがスプレープリンターの開発を大きく手助けしました。

−− 壁のアートというと、写真や絵画、DIYが流行している欧米では自らウォールペイントをする、ということもありますが、スプレープリンターの競争優位性は何だと思いますか?

ヘンリー: スプレープリンターは、創造性とテクノロジーの融合です。自分のスマートフォンから好きな絵を壁にプリントできるという容易さから、アートやテクノロジーに関する知識が無くても、好きな絵を壁に写すことができる。要するに今まで壁紙アートの市場はある程度絵画の知識があったり、経済的に余裕のある人々だった。それがスプレープリンターによってスマホを持っている人々みんなに壁紙アートの楽しさを提供することができる。極論、開発者のマイケルの娘さんのような子供でも好きな絵を身近な環境に映すことができるです。

絵を完成するために、どこを塗るべきかガイドしてくれる、という点においては塗り絵と同じメカニズムだと思います。

スーパー戦隊スプレープリンター!6人のシナジー効果が生み出す成功への糸口

−− ハードウェアとソフトウェアが必要なスプレープリンター。また、Indiegogoには素晴らしいプロモーションビデオが掲載されている。一体、どのようなチームメンバーがいらっしゃるのですか?

ヘンリー: スプレープリンターの背後にあるのは、非常にバランスのとれたチーム構成です。CEOのリチャード、CTOのマイケルと、開発担当の僕(ヘンリー)。COOのアロ。広報担当のシリエとアエトの6名がチームメンバーです。
マイケルは僕たちの最強の開発者で、本物の天才なんです!彼はいつだって一瞬で新しい解を生み出し、開発期の問題に直面したときでさえ楽観的。技術的な困難があるときは、いつもどっしり座って、よく考え(マシュマロを食べながらね)、そして次の日の朝には新たな答えを生み出しています。

僕(ヘンリーご自身)はプロダクトエンジニアで、工業エンジニアリングで修士課程を取得。そしてヨーロッパ最大のエンジニアリング会社である、シエメンズで培ったマネジメントと経験があります。僕ことを、チームメンバーは愛情持って「悲観主義さん」って呼んでくるんだけど、それは僕が人生に対して地に足ついたアプローチをするからなんです。僕はいつも、合理的で慎重だから。チームの突拍子もないアイディアや行動を落ち着かせる役割を担っています。(笑)

CEOのリチャードは、いろんな意味でこのポジションに最もフィットしている人物です。一つ目に、彼はすでに一度スタートアップビジネスの倒産を経験していて、だからこそ同じ過ちを犯さないノウハウを持っている。そして彼はそのカリスマ性話術で、オイル大国であるノルウェーにでさえ、オイルを売る営業力があるんです。でも、彼の一番素晴らしいところは、仕事と遊びの区別が付いていないんじゃないかって思うくらい、心から仕事を楽しんでいるところだと思います。

スプレープリンターにはさらに2人の広報・コミニュニケーション責任者がいます。一人は、シリエというクリエイティブ・マネージャー。彼女は芸術に関するバックグラウンドとコミュニケーション学の修士課程をタルトゥ大学(エストニア)で取得しています。

同じく広報担当のアエト・レバヌ(Aet Rebane)はタルトゥ大学でジャーナリズムとコミュニーケーション学を学び、カンヌ国際映画祭の受賞監督を多数輩出している名門、Baltic Film and Media School)で勉強をし、ジャーナリストとしての経験もあります。その結果、スプレープリンターは小さな現地新聞紙から始まり、10もの言語で広がり、ついには、あの有名なディスカバリー・チャンネルに取り上げられるようにもなりました。これは広報の2人が、素晴らしい能力のシナジー効果を生み出したからでしょう。

我々のCOOであるアロ・モルターは、経済学の学士を持ち20年以上もの会社経営経験があります。いつも我々の手の届くギリギリの目標設定をしてくれる重要なメンバーです。

−− このようなバックグラウンドも、年齢も違う多様なチームはどのようにして集められたのですか?

ヘンリー: 最初はCTOのマイケルがCEOのリチャードを口説いたことから始ま李ました。この二人はトンディサーというエストニアの小さな島で、共通の知人を通じて知り合いました。マイケルは当時既に開発者として働いており、リチャードはバリバリのスキンヘッドビジネスマンだったんです。二人はすぐに意気投合し、マイケルは自分の経営する試作品開発会社Prototaipを紹介、そしてリチャードは感銘を受けてジョインすることにしました。

マイケルは「もしリチャードが自分のYangになってくれるのなら、僕はリチャードのYinとなる」と言う口説き文句を使い、この素晴らしい人材がタッグを組むことになりました。(笑)

(注:Yin Yangは「イン・ヤン」と読み、中国哲学で「陰陽」を意味する言葉。陰陽は相反する2つの性質に分類する思想)この素晴らしいコンビが一ヶ月間苦闘し、もっと大きいチームが必要だということになり、現在の6名まで拡大しました。

Indiegogoで掴んだ可能性のタネ。

−− クラウドファンディング、Indiegogoのキャンペーンにはそれまで多くの時間と準備が必要だったと思います。それら全てを踏まえた感想をお聞かせください。

ヘンリー: もちろん、一番の理由はスプレープリンターの開発費用を集めるために始めました。スプレープリンターのクラウドファンディングは2016年2月に終わりました。目標金額の$20,000はゆうに達成され、最終的に$340,000の資金調達に成功しました。Indiegogoでのキャンペーンは言うまでもなく成功で、サポーター一人ひとりに感謝しています。

しかし、それ以上にクラウドファンディングでは多くの知見を得られたと思います。まず一つ目に、キャンペーンは市場の選定をする上で非常に参考になります。また、僕たちのプロダクトに賛同してくれる人々の生の声を聞け、改良にフィードバックできることも利点の一つです。さらに、投資家から注目を集めるためにも役に立ちました。実際に、キャンペーン後は投資家やシード期のベンチャーキャピタルなどからスプレープリンターの開発協力について話がありました。モンタナやボッシュなどの大企業から注目されており、提携交渉の真っ最中です。

量産化の壁。工場との意識の乖離

−−元々プロトタイプ制作会社だったことや、経験豊富な技術者がいることから、ハードウェアスタートアップとして非常に優位な会社だと思います。量産化の壁はどのように映りましたか?

ヘンリー: はい。僕たちにとって2つの壁がありました。それは大きな工場との意識の違い。そしてもう一つは僅かな資金で開発をする難しさです。スタートアップにとって、大きな工場に依頼することが難しい。それは工場側とスタートアップ側のマインドセットに大きな乖離があるからです。スタートアップ側は早く行動し、大きなリスクを負い、そして素早く市場のニーズに対応しなければならないんだけれど、大きな工場にはそのような考えはないのです。プロトタイプ開発会社だったけれど、量産化はまた別問題として僕たちには映っています。

もう一つの困難はというと、我々のわずかな資金の中で、ソフトウェアとハードウェアの同時開発をしなければならないことです。ソフトとハード、どちらも一体となって開発されなければいけないので、膨大な努力と時間が必要です。下の写真は、全部スプレープリンターの試作品たちです。

一方を変更すると、もう一方の改造も必要となるというジレンマも生じます。